イン・ザ・メガチャーチ/朝井リョウ
読み終わってから言葉にするまで一週間かかってしまったけど、桐島〜、何者、正欲をさらに超えていく傑作なのでは?と思う。
なんか賞取りそう。10年前にも10年後にも生まれない本だ。

沼を仕掛ける側、沼にハマっていく側、沼から出てまた別の沼に足を取られていく側の3つの視点で物語進むので、テーマになってる「ファンダム経済圏」の濃淡がはっきり見えて面白くもあり、怖くもあり。
エンタメ界隈だけでなく、今年の選挙や政治、宗教、そして戦争など、世の中で巻き起こったあれこれに似たものが2023〜24年の連載で書かれていたのも衝撃。
朝井リョウ、恐ろしい子。
どの登場人物も3割ずつ共感する。
でも理解はできないな。
そっちに行っちゃだめだ!志村ー!後ろー!と引き戻したくなる場面も多数。ただ、普段様々な推し現場で目にする「理解できない人」のことが少し理解できた気はする。こちらには共感できないのだけど。
"一の情報から十の感情を受け取り、自分の人生に引き寄せて百の物語を生み出す。そして、その物語に自分以外の人間を巻き込むべく、千の布教に励む"(イン・ザ・メガチャーチ)
この部分、オタクみんな写経して自分の額にお札として貼り付けよう。
☆☆☆
勉強になる、とか
感動する、とか
そんなことはさておき、「本を読みながら様々な感情がうごめく」という、エンタメ小説を読む醍醐味を存分に感じられた本でした。
あと前の作品と比べると、登場人物への愛を感じるというか。誰も悪役にならず、まともじゃないけど愛おしくもあり。朝井さん、優しくなったな……まじで何者とかすごかったもんな…怖くて2度読めないよ。ホラーでもないのに!

ちなみに並行してエッセイ「そして誰もゆとらなくなった」を読むと、もっと作者のことが分からなくなるのでおすすめです。クリスマスシーズンに様々なホテルのホールケーキを5個とか食って健康診断で引っかかったりしてます。
またラジオやって欲しいー。
SEVENTEEN TOUR 'FOLLOW' TO JAPAN 感想
<参加ライブ>
11/23 ベルーナドーム(埼玉)
12/9 京セラドーム(大阪)
12/16 PayPayドーム(福岡)
12/17 PayPayドーム(福岡)
※他、11/30 名古屋のライブビューイング
ツアーグッズに書かれている「Follow the Light」を見て、「輝く彼らを追いかける旅」だと思って参加したけど、ツアー4箇所(埼玉、大阪各1公演、福岡2公演)を見て感じたのは、メンバー自身も「光」を追いかけているんだなということ。
しかも貪欲に。時に狂信的に見えるほど。
ソウルコンの後、韓国の記事で彼らを「イカロス」に例える記事を読んだ。
(勉強も兼ねて記事の翻訳してみるといいよと韓国語の先生にアドバイスいただいたので、宿題の一貫に訳したので、文章も追ってあげてみます)
その直後は「まあ言われてみたら雲とか、空から落ちるモチーフのVCRあったな~」くらいのもんだったけど、実際に彼らのステージを浴びてその本意をつかめた気がする。
イカロスのストーリーの結末は太陽に近づきすぎて羽を固めた蝋がとけ、落下してしまうバッドエンドだったけど、SEVENTEENは決して堕ちない。
13人一緒に向かっているからこそ誰かが上りすぎたら下から引き戻し、落ちそうになったら誰かが持ち上げる。
だからきっとこれからもずっと大丈夫。そんな気もした。
グループとして満身創痍な部分が多かった2023年。
それでも彼らは光に向かって走り続けた。腕や足をもがれても。どんなに切り刻まれても進み続けた。
まさにホシくんのパフォーマンスはそれを体現しているようで、彼の本能によって手足が動かされているような…なんというか殺気を纏っていたようだった。FFでいうところの「バーサク」状態と言いますか…。FF6のティナのトランス状態?(わかる方いらっしゃったらありがとう…)
意識がない状態でも音が鳴ったら手足がちぎれても踊り続けるような狂気。
だから彼のパフォーマンスは魅惑的なんだろうな。
福岡での最終日。体感席だったこの日が自分的にはステージに一番近い席だった。
それゆえスピーカーからも近く音が大きく、音楽とパフォーマンスを全身で浴びるように見ていた。
その日はエスクプスに続いてジョンハンも欠場していたこともあり、より満身創痍な状態。日本でのライブは音響や舞台装置のトラブルも多かったし。しかし、それでいてそれの空白を埋めようと11人11様のエネルギーが尋常ではなかった。
決して完璧に整っていない(※)、そのギザギザなエネルギーの固まりを見て心から美しいなと思った。
※パフォーマンスはそれはそれは整っています!完全に!
歪んでいて、美しい。
空白も。過剰なエネルギーも。
今持てるすべての力でもって見せるその姿こそ「ライブ」だなと。
光を貪欲に求めるからこそ生まれる輝き。
欠けている今をすべて正解にするステージ。
私自身、推しメンバーのジョンハンがいなかったことの寂しさもあるし、生のエスクプスのパフォーマンスが見れなかった心残りはある。それでも「今」のSEVENTEENが届けてくれた完璧なショーは一生忘れないと思う。
どうか健康で、どうか末長く。
光を渇望し続ける13人の姿をこれからも見届けさせてください。
==
追記。各公演直後の覚書。
11/23 ベルーナドーム(埼玉)
生SEVENTEEN最高
13人(1人概念)のシルエットだけでモンドセレクション最高金賞
パクス間奏の指ハートジョンハン、ありがとうございます
Anyone、ありがとうございます(Anyone狂い)
12/9 京セラドーム(大阪)
ジョシュアのネイティブ"CINNAMOROLL"
ウジくんのポムポムプリン帽
バーノンのロックスターぶり
シナモンの歌真似スングァン
ウォヌの低音に触発されて低音でメントする本日の毒ハニ。
最後に毒設定忘れてぽわぽわの「気をつけてかえってねえ〜⤴︎☺︎✨」
12/16 PayPayドーム(福岡)
奇跡の機材解放席
ジョシュアのキュルキュル度が限界突破
ジスジュンのチークかわちい
バーノンの覚醒止まらず with耳当て
ウジウォヌの博多弁
12/17 PayPayドーム(福岡)
サウンド体感席音がデカくて嬉しい
「今朝雪を見たよ。みんなもみたのー?僕たち一緒にみたんだねー☺️」と頸椎を突いてくるドギョム
明太子ごはんを最後まで作りたかったジュンことヒントマン
ビルボードの件についての個人的所感
ビルボードの件は、いたちごっこになるのは自然の摂理だよな~と思う。2020年代にラジオのプレイ数の重きが多いの!?という驚きはあるけど(アメリカの人、そんなにラジオ聞くの?)、ラジオ局に金払って曲流すとかは日本のパワープレイとかも同じ要領だから、ビルボードだけが悪どいしてるわけでもないし。
ただの民間企業のランキングだしね。そもそも、明確な集計基準を示さず出される順位自体の信憑性ってどうなんでしょう? そしてそのランキングや賞自体に権威が宿ったら、その時点でもう純粋なものではなくなるとも思う。
Dynamite以降の新規はそのおかげで知ったんだろ!とか言われても「まあそうかもね」ってだけで「じゃあ私も頑張る!」という心持ちににはなれない自分。
推し方は十人十色ですが、私のスタイルとしては「やってあげる」と思い始めたら試合終了…のルールを採用してるので、聞きたいから聞くし、買いたいから買って、見たいから見る。それ以上でも以下でもない。
投票したいからする!ランク上げたいから枚数積む!は健康的な欲求だと思うけど「一位にして「あげたい」から頑張る」は思考としては危険な気がするので冷静さを取り戻して推し活楽しんで欲しいな。
なんで危険と思うかは、何かのきっかけで「あんなに私が○○してあげたのに!」という怒りや憎しみに転じかねないから。そしてその実例をいっぱい見てきたから。※界隈限らず
どこかで見た、「韓国の推し活はスポーツチームを応援するようなスタイル」っていうのがしっくりきた。それを他の文化圏の人も真似するようになったんだろうな。
富豪でもない私は、これからも自分が楽しむために作品を享受するのみです。押忍。
【Music】Agust D / Dear My friend レビュー

(レビューとは名ばかりの、私と友だちの思い出話です。明るい展開じゃないので、気持ち弱ってる方は回れ〜右!ピッピッ!)
彼女とは小学校3年生の時にクラスが一緒になってから友だちになった。
なんで仲良くなったのかは覚えていない。
気づいたら学校で、彼女の家で、地元のそこかしこで毎日のように遊んでいた。
彼女は絵を描くのが好きだった。
とはいえ上手なタッチではなかったけど、10歳くらいで漫画として起承転結させていたし、
その発想力は「才能」そのものだったと思う。
彼女からはいろんな初めてを教えてもらった。
カプチーノなる飲み物を飲んだのは彼女の家でだった。
母子家庭だった彼女の家にはお手伝いさんのおばさんがいつもいた。いつもそのおばさんがおやつを出してくれた。
彼女のお母さんは銀座でお店をやっていたこともあり、身につけているものはいつも小綺麗で、ランドセルだっにち本革の、赤や黒じゃない、子どもの目から見ても高級そうなものだった。
彼女のうちにあったたくさんの漫画やゲームは、私の血や肉にもなった。
少女マンガを音読して笑ったり、ゲームのエンディングが夢オチで怒ったり、変な替え歌したり。
彼女と一緒に遊ぶとき、もう二人仲のいい友人がいて、4人で遊ぶことも多かった。
賢かったあの子
絵の上手のあいつ
才能に溢れた彼女
そして何も持っていない私
ある時期、彼女たちと一緒に新聞係をしていた。学級新聞の手前、いつものノリでふざけすぎると怒られる。
でも私は彼女たちの絵と物語をどうしても載せたかった。
彼女たちに存分にふざけてもらえるよう、真面目で面白くない「いい子」の記事を私が書くことで学級新聞の体裁を保ちながら、私たちは好きなものを作っていた。
小学校を卒業し、彼女は私立の中学へと進学した。それでも彼女の家族(その頃には引っ越しして、継父(仮)も同居していた)が留守にするとき、双方の親の了承のもと、彼女のうちに泊まりに行った。夕飯にはピザを頼んだり、彼女の家の近くにある美味しいパスタ屋さんに子どもだけでいった。大冒険の気分だった。
そんな私もそれぞれの場所で新たな居場所ができていき、高校生になるころには疎遠になっていた。一度隣の県に引っ越すという話は聞いたが、遊びに行くことはなくなった。
高校ではみんなバラバラになったものの、あの子やあいつとは時々遊んでいたけれど、彼女とはいつしか連絡が取れなくなった。
私はその後大学も卒業し、社会人になり、転職もした。気づいたら、あの学級新聞を作っていたときと同じような作業を仕事でしていた。
彼女のことはずーっと気になっていた。元気かな?何してるかな?また遊びたいな、と。

良く2人でやったゲーム。面白かったが苦労して到達したエンディングがまさかの夢オチで、「安易な夢オチ、ダメ。絶対」と2人の幼心に刻まれることになる。
その頃、mixiというSNSが流行った。mixiが日課になって行ったある日ふとこの中に彼女がいる気がした。名前や趣味をもとに検索したが見つからず、手がなくなったと落ち込んだとき、と母校の名前で検索した。
私たちの世代のスレッドを謎の人物が立てていた。彼女だった。
すぐに連絡し、彼女と地元で再会した。
茶色くて猫っ毛の髪はロングになっていて、細身の身体と気怠るさも相まってジャニスジョプリンみたいだな、と思った。
数年越しの再会を果たしたとき彼女の第一声は「ハグしていい?」。
こちらは幼少期から住み続けてる地元の駅前だから恥ずかしかったけど、断る理由が見つからずハグをした。
そのあと散歩した。
彼女が以前住んでいたマンションにも行った。母と二人で暮らしていたマンション。
着いたらそこは更地になっていた。
そっかー…と彼女はつぶやいて、「一本吸っていい?」とタバコ吸いながらな、その更地をしばらく眺めていた。
その後の会話で知ったのは、母の内縁の夫との3人暮らしはいろいろあったらしい。そこから逃げるように母娘で引っ越したが、その時期に離れて暮らしていた最愛の実父を亡くし、精神のバランスを崩したと話た。だからあの母と暮らし、お手伝いさんが世話してくれて、友だちとたくさん遊んだあの家は特別だったと。
そして帰る間際。当時みんなで駆け回っていた隣町の大きな公園、そのベンチで彼女はポロっとつぶやいた。
「ずっとここにいたら何か変わったのかな」
そこからまた交流があり、彼女の家に行ったり、他の友人を交えて遊ぶ機会も持てるようになった。切れかけたていた縁が再びつながる。私にとってはそれが凄く嬉しかった。
彼女の家に行った日、彼女の母に久しぶりに会った。キレイで若々しく、そして頼もしいお母さんで、3人でご飯を食べながらたくさん思い出話をした。
食後、彼女の部屋で会話をした。間接照明で薄暗い部屋には彼女の好きなもので飾られていた。その中に見慣れたスーパーファミコンがあった。スト2のカセットが刺さっていたと思う。「結局スーファミが1番面白いゲームだよ」とケラケラ笑っていた。
そのころ彼女は(非合法の草)を吸っていたようで、会話の流れで自然とカミングアウトされ、いま吸っていいかと聞かれた。
わたしはその類のものが好きではなく(そんなものに頼って気分の上げ下げ操ろうとするなよ、と思ってる。いまでも)、自分の身体がその煙を吸うことへの警戒心もあったので、もう帰るから帰ってからにして〜とくだけた口調で断り、帰宅した。
その後もいつものメンツで何度かご飯に行ったりした。魔法の植物に抵抗感を示さなかった子とはまた別のグループで遊びに行ったりもしていたらしい。
そうやって彼女と遊ぶことがまた日常になったある日の朝。朝に弱い私は、まだ半分寝ているような状態で出勤の準備をしていた。そんなとき彼女の番号から着信があった。
私より朝が弱く、午前中に起きるヤツではないので、なんとなく嫌な予感がして通話ボタンを押した。
彼女の母からだった。
昨日、彼女が亡くなったという連絡だった。
母が帰宅したときには自宅で亡くなっていた。式は明日。そんな話を淡々と聞いた。現実感がないまま、仲のいい他の2人にメールでその連絡を送って仕事へ行った。悲しみが生まれたのはそのずっと後だった。
棺に横たわる彼女を見たときからわたしはずっとムカツいている。今もし彼女に対面したら割と新鮮なテンションで怒れるくらい。
あんたのそんな最期を見送るために、
わたしはインターネットの箱にかじりついて
あんたを探したんじゃないんだよ。
最期の一歩を踏み出すその瞬間、
私たちとの時間を思い出して躊躇って欲しかった。問い詰めたい。あんたにとってはそんな軽い思い出だったのかよ、と。
私にとってはこんなに大事な、大切な記憶なのに。
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【CD】BTS / Run BTSレビュー
「Run BTS」がだーーーい好き!
アンソロジーアルバム「Proof」に収録された新曲「Run BTS」。
発表されたとき、「Yet to Come」「For youth」より圧倒的にずっと聴いていた。
一言でまとめると
「ヘヴィ・ロッキン・エイジアン・ランナウェイベイビー」

「インターナショナル ポップケイ センセーション サンシャイン レインボー トラディショナル トランスファー USBハブ シュリンプ BTS」
シュリンプが入った理由は『美味しいから』。
初期の「HIPHOPをやろう!」としていた頃の楽曲を彷彿とさせつつも、
当時とはメンバーの表現力、技術力が確実に上昇していることもあり、
「あの頃やろうとしていたけどフレッシュさゆえやりきれなかったアプローチを、
今のスキルとキャラでやってみた」という印象を受けた。
特に育ちの良さが漂っちゃうJINくんと、いまでこそ耽美的な魅力を確立したJIMINちゃんのキャラや声は当時のカラーにハマるにはかなり難しかったのかなと思うことがあったけど
彼らが10年かけて磨き上げた自分自身の強みが存分に生かされた、
2022年式のBTS HIP HOPチューンになっているように思う。
Chapter2ではソロ活動にも本格的に取り組むという彼ら。
さらにそれぞれの強みが生かされた作品を目にすることができるだろうし、
その経験値を持ち寄って生まれる7人のシナジーを想像するだけでゾクゾクするなあ。
“後天的”ラッパーを確立させた「表現力への渇望」
この曲、ユンギ(SUGA)パートのボースティング(ラップ表現における自己賛美)も最高なのですが、ホビ(j-hope)のフロウがキレキレ。マンブルっぽい、ルードなラップがかっこいい。
RMとユンギが先天的ラッパーとすると、グループに参加することになってからラップを始めた人彼はいわば後天的ラッパーともいえる。
そんな彼も、最初は「テクニックとしてラップができるメンバー」だったかもしれないけど、
今は自分のアティチュードを持った確固たるラッパーになったんだな、と感じさせられた。
そしてそんな「Run BTS」のリリースから1ヶ月。
j-hopeがラッパーとしてもこれほどの実力をつけるに至るには
<より良いものを作ること/より良いパフォーマンスをすること>
への渇望が彼の並外れた努力の原動力になっていたのかもしれない…とその後に発表されたソロ作品のリード曲「MORE」で気づくことになる・・・。つづく?
【CD】BTS/Yet To Come 極私的視点レビュー

BTS (방탄소년단) 'Yet To Come (The Most Beautiful Moment)' @ ‘Proof’ Live 20220613 - YouTube
BTS/「Yet To Come」Music Video
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頂きの下に眠るYouthの亡骸
現在に至るまで、世界にはどれだけのボーイズ/ガールズグループが存在していたのだろう。
アイドルと呼ばれるその人たちは「若さ」を消費され、摩耗し、他人が勝手に区切った賞味期限を迎えると偶像としての役目を終える。
その後のセカンドキャリアで青春期と同様、またはそれ以上の成功を収めたアーティストはさほど多くない。
今や世界的アイドルとなったBTSが立つ場所は、過去に消費された「若さの亡骸」でできた山の頂上なのかもしれない。

BTS (방탄소년단) ‘Proof’ Live 20220613 - YouTube
ゲストのアンダーソン・パークが楽しげにドラムを叩いているところにつられて笑っちゃうライブ映像。いやドラムの演奏も歌もとても良いから!未聴の方は見てほしい…!
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BTSが2022年6月10日に発表した新曲「Yet To Come」は、同年6月13日ーーデビュー9周年を迎える日ーーを際してリリースされたアンソロジーアルバム『Proof』のタイトル曲の一つ。
コードもメロディもとても普遍的。そこに2022年式のビートと7人の声(全員個性的ですよね…)というスパイスが足されると、聴き心地が良いだけでなく、芯が通る感じ? (コシがあるといいますか…背骨が通るといいますか…)
余談ですけど、卒業式の合唱とかに合いそう。ラップできる子がいたらより良いし、いなかったらポエトリーリーディングとかでやろう!誰か!

「僕は 僕はさ」が非常に…良いですよね……。
失われゆくYouthへの鎮魂歌
閑話休題。
特筆したい歌詞は楽曲を締めるこのフレーズ
You & I, Best Moment is Yet to come
(君と僕の最高の瞬間はまだこれから)
彼らの決意表明であるのと同時に、普遍的な青春賛歌としても胸をうたれるものがある。
人も動物も何事にも「最盛期」のレッテルは第三者によって勝手に貼られる。アイドルに限らず、森羅万象若さが必要以上に尊ばれ、若さを失うこと=価値がないものと思わされてる節がある。(例えばペットショップに並ぶ生き物)
時は巻き戻せない。だからこそ若さは尊い。
ただ、それを失っていくことは悪なのか。時間と引き換えに蓄えた経験、刻まれた知恵が放つ光は、若さのソレより劣るのだろうか?
決してそんなことはない。それを体現しているのがデビューから9年、あの頃とは違う輝きを身につけたBTSのメンバーに他ならない。
(個人的には日本国内でこの道ーー「若さ」を手放してもアイドルでいられることを証明したのはSMAPだと思っている)
この曲が誕生したことでBTSメンバーの魂が救われたかもしれない。そして彼らがこの歌を歌うことで救われたARMYも多いだろう。失われゆく若さへの前向きなレクイエムとして。
年齢を重ねていった先々で、彼らが見せてくれるであろう音楽が今からとても楽しみです。
おまけ:ある年齢以上の人が「まだこれから」と聞いて連想するもの
